今日は合同音楽レッスンの日


下の記事は、去年の月頃、別のところに上げていたものです。
こちらへ持ってきました。

今日は、合同の音楽レッスンとスケールカデンツの評価会の日です。
音楽レッスンは
なにをやろうかなあ、とずっと考えていたのですが、
みんなで、カデンツのハーモニーを作ってみます。
小さくて難しい生徒は、真ん中でみんなの作る音色をきいてもらおう。
できるかな?
来たばかりのころは音程が取れなかった子もみんなとてもいい音程感で歌えるようになってきています。でも、ハーモニーを作るのはまた別のむずかしいさがありますが、さて、どうなるでしょう。
楽しみ!

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遠方の市内の中学校に通い始めた生徒が、2ヶ月ぶりにレッスン室に復帰してきた。

休んでいる間も、時々お母さんから電話を頂いていて、すごく大変そうなんだけれども、教室はやめたくないと言っていますから、もうちょっと待って下さい、と続けたい意志を伺っていた。そして、やっとの6月。前日から、もう嬉しそうで・・とお母さんの話だった。

決して器用な子ではない。というか、最初は、音楽をするのに有利な 俊敏さ、リズム感、音感、楽譜を読む能力、器用な指などはもっていない生徒だった。周りに左右されることなく私と彼女のペースというのができていて、気長にやればいいやと思っていた。歌を歌いたいから、と、教室では6年生の後半から受験の傍ら、歌のレッスンを始め、音程を取る練習をしていたのが良かったようで、迷いなく 部活を合唱部に決めて、今は毎日歌っているそうだ。合唱の名門校だから、きっとよい指導を受けているのだろう。猫背だった背骨はすいっと天にむけて伸びていたのにはおどろいた。歌うピッチもかなり良くなっている。周りでよい歌声を聞くことが何よりの訓練にもなっているのだろう。

うまくなることが大事なのではない。 根性論も嫌いだ。ただ、その子が一心に音楽できればそれでいい。心と体と智慧、指先と脳と耳が、” 音楽する”、という一つの出来事に触れる、その所作をサポートできたらいい、と思う。そういう思いでレッスンをしている。そして、その結果、というか経過を垣間見ることの出来た気がした。ああ、こんなふうに花は咲くのだ、と胸が熱くなる思いがした。

子どもたちが自分で自分を知り、自分の感覚を信頼し、その自分の感覚で音楽に触れてきた、ということが学業や部活動に反映している、と感じることがある。もちろんそこには、本人の人徳や、ご両親の関わり方などが一番になるだろう。でも、どこでどんなふうに音楽が支えになっていくか、それは誰にもわからない。それは、自分の感覚に専念する具体的な方法につながったとき、その先に実っていくことなんだと思う。決して器用と言えない子が以外な伸びをするということが、うちではよくある。こっそり私に、次の試験、トップを目指してみようと思っている、とちょっと恥ずかしそうにしながら言った子は、塾などにも行ってはいなかった。人生の思わぬ場所で思わぬ大胆な選択をする子とか。大切なのはその子がその子なりに自分を愛する具体的な方法を知っているということなのかもしれない。思春期には大いに悩み、大いにひねくれる子もいるだろう。そして、どの生徒を見ても、頼もしいなと思う。人と比べてどうかなんて邪念だとおもう。皆自分の道を歩いていると思う。

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